[パンフレット] 353作品

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解説、プロダクションノートはパンフレットの表記そのままで掲載していますので誤字・脱字・旧字・旧仮名づかい等があります。ご了承下さい。

<ラ行>

ライアンの娘
雷撃命令
ライジング・サン
ラインの仮橋(2種類)
裸者と死者
ラスト・キャッスル
ラスト・サムライ
ランボー
ランボー 怒りの脱出
ランボー3 怒りのアフガン
リトル・ドラマー・ガール
掠奪戦線
リリー・マルレーン
ルシアンの青春
レニングラード攻防戦
レッド・オクトーバーを追え!
レッド・スコルピオン
レマゲン鉄橋
ローマを占領した鳩
ローリングサンダー
ロケッティア
ロベレ将軍

 

掠奪戦線

1970年11月発行
発行所:松竹株式会社事業開発部
協力:ユナイト映画
A4版20P

[解説]

第二次大戦中、連合国側が最も脅威を感じたのは、ナチス・ドイツの持つ科学兵器であり、これを開発する頭脳だった。あの冷静沈着なロンドン市民を、震えあがらせた無人誘導ロケットV2、V3や、終戦がもう少し遅れていたらヨーロッパで使用されたであろう原子爆弾の製造など、当時一流の科学的頭脳か結集されていた。当然、連合国側はこれらの頭脳の持主を誘拐し自国の新兵器開発に当らせたいと望んだ。この歴史的事実をヒントにJ・C・チャンピオンとバリー・トリバースがオリジナル・ストーリーを書き、ハーマン・ホフマンが脚色している。この映画の特徴は、同じ科学者を米ソ両国で狙ったという点でスリルが倍加され、更に使命に挺身する人々の人間関係に重点が置かれユニークな作品となっている。
主演は「カラハリ砂漠」「殺しの逢びき」やTV「シマロン・ストリップ」の主演で着実な進境を示すスチュアート・ホイットマン、イギリス演劇界出身のジョン・コリン(スター!)同じく舞台の演技でイブニング・スタングード紙の最優秀演技賞を受賞したマーチン・ジャービス、スイスで演技活動を続けるピンカス・ブラウン、紅一点のマルギット・サード TV(「テンブラーの華麗な冒険」「第三の男」)が主演している。
製作は「努力しないで出世する方法」や「鉄海岸総攻撃」のアソシェート・プロデューサーを担当したアービング・テマナー、監督は「生きる情熱」「ブルーライト作戦」のウォルター・グローマン、美術のロルフ・ツェヘトバウワー、特殊効果のカール・バウムゲルトナーは共に「ブルーライト作戦」でグローマン監督とお馴染みのスタッフ、撮影はドイツ・ニュー・ウェーブ派と云われるゲルノット・ロールのアメリカ映画初仕事、音楽・編集はリチャード・カラスが担当している。

[プロダクション・ノート]

第二次大戦終結前の数週間というもの、米ソ両国はそれぞれ自国の宇宙開発に必要なドイツのロケット科学者の確保に必死になっていた。
この映画は、こういう歴史的事実を背景に、戦争においても失ってはならぬ、また失うことのできない人間関係を扱い、単なる冒険アクション映画にせず、来るべき未来のために命を賭けた真の人間像を描いている。
この物語が実際にドイツで起こったものであること、美しいロケ地があること、仕事熱心でエキスパートであるドイツ人スタッフがいること、この三つの理由によって、プロデューサーはドイツを撮影地に選んだ。
脚本によると三十五のロケ地が必要だったので、グローマン監督は美術監督のツェヘトバウアーと共にヘリコプターを借りて空から調査を行った。これも容易なことではなかったが、撮影許可を得るのはもっと困難だった。だがこんな時にはたいてい、 “あのクレージーなババリア系アメリカ人のプロデューサー”アービング・テマナーが飛んできて解決してくれた。しかしその彼も、三台の戦車を手に入れるのには苦労した。これは映画の中でロシア軍の戦車として使用されるものなのだが、彼が交渉を始めた五月、ドイツ軍の戦車は大規模な夏の演習のため都合がつかず、アメリカ陸軍の方のは、ペンタゴンの許可が下りるまでに六ヵ月もかかるという。ベルギーとオーストリアの戦車は借りられるのだが、ドイツ政府は、軍事兵器であるからして公道を走ることはまかりならぬという。三ヵ月も奔走した結果ついにハンブルクのある民間業者から、スクラップ寸前のアメリカのM-47戦車を三台、撮影のために取りつける銃座と砲塔を終了後取りはずすという条件で借りることができたのだった。
この戦車三台に加えで、ドイツ軍用トラック十二台、アメリカ軍用トラック三台、ジープ五台、ドイツ軍将校用乗用車三台、救急車二台、通信用トラック一台、消防車三台、ハウス・トレーラー六台、自転車六台、ヘリコプター一機、シュマイザー軽機関銃二十挺、ライフル八挺、ピストル十二挺が映画の中で使われ、更に俳優、スタッフの輸送に三十五台の車が使われた。