[パンフレット] 353作品

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解説、プロダクションノートはパンフレットの表記そのままで掲載していますので誤字・脱字・旧字・旧仮名づかい等があります。ご了承下さい。

<ア行>

アイアン・イーグル
愛と哀しみのボレロ
愛と青春の旅立ち
愛の嵐
愛の落日
愛欲と戦場
赤いベレー
暁の7人
暁の出撃(1954)
暁の出撃(1970)
暁前の決断
朝やけ雲
あしやからの飛行
あの高地を取れ
あの日あのとき
アパッチ
ア・フュー・グッドメン
アメリカ上陸作戦
嵐の中で輝いて
荒鷲の翼
アリスのような町
暗殺の森
アルジェの戦い
アンダー・ファイア
アンネの日記
アンボンで何が裁かれたか
生き残った二人
生きるべきか死ぬべきか
今は死ぬ時でない
ウインドトーカーズ
ウォー・ゲーム
栄光の戦場
栄光への戦い
映写技師は見ていた
エクスタミネータ
エニグマ
エネミー・ライン
エル・アラメン
エンテベの勝利
大いなる希望
大いなる幻影

男の魂
オデッサ・ファイル
オフサイド7

 

 

生きるべきか死ぬべきか

1989年6月28日発行
発行所:三菱商事株式会社メディア事業部映像ソフトチーム
A4版32P

[解説]

 ポーラ・ネグリ主演の『パッション』(1919)、『寵姫ズムルン』(1920)、『山猫リシュカ』(1921)など、濃厚なエロチシズムとシャレた笑いでサイレント期のドイツ映画界を代表する存在だったエルンスト・ルビッチ監督(1892年・ベルリン生れ)は、1923年、ハリウッドに招かれ、『結婚哲学』(1924)、『ウィンダミア夫人の扇』(1925)、『陽気な巴里っ子』(1926)等々からトーキーに入って『モンテカルロ』(1930)、『極楽特急』(1932)、『生活の設計』(1933)、『天使』(1937)等々、のちに<ルビッチ・タッチ>とよばれることになるその洗練されたタッチで、とくに上流階級の大人の男と女の恋愛やセックスをさまざまな笑いでまぶした都会的なコメディをつくり、アメリカ映画の一つの流れになる結婚・離婚喜劇(スクリューボール・コメディ、ソフィスティケーテッド・コメディ、ロマンチック・コメディなどとよばれる)のジャンルの核をなすことになった。
 『生きるべきか死ぬべきか』(1942、日本では劇場未公開、短縮版の『お芝居とスパイ騒動』がTV放映されただけである。また、メル・ブルックス製作主演の再映画化作品『メル・ブルックスの大脱走』(83)もある)は、グレタ・ガルボ主演の『ニノチカ』(1939)やジェームズ・スチュアートとマーガレット・サラヴァン主演の『桃色の店』(1940、つい先ごろ『街角』の題でリバイバル公開された)のあとにつくられた作品で、アメリカが第2次世界大戦に参戦する直前につくられ、参戦直後に公開された(チャップリンの『独裁者』(1940)、アルフレッド・ヒッチコックの『海外特派員』(1940)、フリッツ・ラングの『マン・ハント』(1941)、『死刑執行人もまた死す』(1942)に次ぐ<反ナチ映画>でもあった)。そんな状況下でアメリカの映画界は、批評家も観客も、はたして笑うべきか、笑わざるべきか、大いに困惑したといわれる。
 主演のジャック・ベニー(ヨーゼフ・トゥラ役)はラジオの芸人(コメディアン)からテレビのスターになった人で、有名な「ジャック・ベニー・ショー」がある。ヒロインのキャロル・ロンバード(マリア・トゥラ役)は<スクリューボール・コメディの女王>といわれた才色兼備の女優で、当時クラーク・ゲーブル夫人であったが、自ら望んで出演したこのルビッチ作品が最後の出演作になった。撮影を終えた3週間後に飛行機事故でわずか34歳の生涯を閉じたのだった。TVシリーズ「アンタッチャブル」のエリオット・ネス隊長役で知られるロバート・スタックの若き日の姿