[パンフレット] 353作品

[] [] [] [] [] [] [] [] [] [] [英数字] [プレスシート]

所有しているパンフレットを随時アップしています。珍しい物はありませんがご覧ください。

解説、プロダクションノートはパンフレットの表記そのままで掲載していますので誤字・脱字・旧字・旧仮名づかい等があります。ご了承下さい。

<ハ行>

ハート・オブ・ダークネス コッポラの黙示録
ハートブレイク・リッジ 勝利の戦場
パーフェクト サークル
始めか終わりか
パットン大戦車軍団
ハノーバー・ストリート 哀愁の街かど
パラダイス・アーミー
針の眼
遙かなる帰郷
遙かなる戦場
バルジ大作戦
パワープレイ
ハンバーガー・ヒル
ピエロの赤い鼻
ビスマルク号を撃沈せよ!
ヒトラーかく敗れたり
ひまわり
ヒンデンブルグ
ピンク・フロイド ザ・ウォール
ファイナル・カウントダウン
ファイヤーフォックス
フィラデルフィア・エクスペリメント
風雪の太陽
フォレスト・ガンプ 一期一会
深く静かに潜航せよ
武器よさらば
不滅の守備隊
プライベート・ライアン
プラトーン
ブラス・ターゲット
ブラックホーク・ダウン
ブリキの太鼓
ブルースが聞こえる
フルメタル・ジャケット
プレシディオの男たち
平和の谷
北京の55日
ベルリン陥落
ベルリン大攻防戦
ボージェスト
冒険者
ぼくの神さま
誇り高き戦場
北極の基地 潜航大作戦
ホット・ショット
ホット・ショット2
炎628

 

風雪の太陽

1973年11月発行
発行所:松竹株式会社事業開発部
A4版24P

[解説]

 全ヨーロッパをナチス・ドイツが席捲した一九四一年。ヨーロッパの地図の中に、わずかにただ一カ所、自由圏を守っている国があった。チトー率いる、ユーゴスラビアであった。ヒトラーはソ連戦線への補給路として、さらに隣国イタリアへの直接の脅威として、この、ユーゴスラビアを全滅させる指示をした。ドイツ軍の大攻勢は五回にわたった。
 「風雪の太陽」はこのドイツの第五回目の最も激しかった攻勢、“黒作戦”を映画化したものである。
 兵員、装備の上で圧倒的多数を誇るドイツ軍に対し、食糧、装備不足に悩みながらなお必死に戦うユーゴ人たちの一大叙事詩「風雪の太陽」。
 なぜ、これほどまでにして戦うのか?なぜこれほど多くの人々を犠牲にしてまでファシズムと戦ったのか?この映画は、多くの人々を救うため、自らを犠牲にしていった人々への鎮魂歌ともいうべきものである。
 主演はチトーに扮する名優リチャード・バートン。若き日のチトーにそっくりとの評判である。他にギリシャの名女優イレーネ・パパス。(「Z」)「ジプシーの唄をきいた」「ネレトバの戦い」のバタ・ジボイノビッチが勇士ニコラ役を、リューバ・タディッチがこの映画の中で最も光彩をはなっているサバ・コバセビッチを好演している。
 監督はスティペ・デリッチ。彼はこの困難な仕事に四年間の歳月をかけ、見事にやり通しモスクワ映画祭審査員特別賞をこの「風雪の太陽」にもたらしたが、この作品がデビューである。
 脚本はブラニミール・スチェパノビッチ、ウォルフ・マンコビッチ、ミレンコ・スモエの三人のライターに、ユーゴ戦線研究の大家である名優オーソン・ウェルズとソ連の映画界の重鎮セルゲイ・ポンダルチュク(戦争と平和)の二人が監修したという異色メンバー。
 音楽は「その男ゾルバ」「Z」で有名なギリシャの名作曲家ミキス・テオドラキス。大叙事詩にふさわしい音楽をつけている。
 撮影は「ジプシーの唄をきいた」「ネレトバの戦い」のトミスラフ・ピンター。わが国でもよく知られているキャメラマンである。

[プロダクション・ノート]

 ユーゴにとって神聖ともいうべき“スチェスカ河の戦い”を映画化するにあたって、ユーゴ軍の全面協力と、長期にわたる準備期間が必要だった。軍は、一旅団、二連隊をこの撮影のために派遣し、さらに戦車、装甲車、飛行機百五十機を参加させた。シナリオの検討、ロケハン、撮影は実に四年間の長きにわたり、この歴史的戦争を忠実に再現するという至難のわざを見事やり遂げた。

 リチャード・バートンとの交渉は一九七一年春に始められた。チトーに似ていることとこの映画の歴史的意義を認め、すでに契約していた映画一本をとり消しての承諾であった。一九七一年七月三〇日、チトーのブリオン島にある別邸でバートンは大統領に会った。
 「私は昔から彼の心酔者なので、彼に会ってすぐには口がきけなかった程でした。私が演じたチトーも本物の偉大なる歴史的人物にふさわしく威風堂々としているといいのですが……」とバートンは語った。

 七一年九月五日、スチェスカの戦士記念碑の除幕式のためチェンティステを訪れたチトー大統領は、予定にはなかったロケ見学をした。丁度チトーが負傷するシーンを撮っていたが、チトーはバートンに語った。
 「これは素晴らしい!あのときそのままだ。バートンさん、こうして軍服姿でいると、あなたは全くわたしそっくりですよ」
 「大統領閣下、わたしはあなたに顔かたちだけでなく、精神も似せているのです」とバートンは答えた。

 この映画の脚本の監修を行っているのが名優オーソン・ウェルズ。彼は第二次大戦に大変くわしく、とりわけ全ヨーロッパがナチス一色に塗りつぶされているとき、唯一の自由圏を確保したユーゴの戦闘の研究家として知られ、この映画でもイギリス首相チャーチル役で出演するはずであったが、都合でチャーチルの出番がなく、シナリオの監修として参加した。

 七三年七月四日、激戦の地チェンティステで「風雪の太陽」の初めての試写会が行われ、チトー大統領も観た。「この映画はすばらしい。いくつものドラマ、いくつもの悲劇、そしてヒューマニズム。人々を救うために、いかに他の人々が死んでいったかを、この映画は人間愛とともに語りかける。」と大統領はこの一大叙事詩に感動していた。