[パンフレット] 353作品

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解説、プロダクションノートはパンフレットの表記そのままで掲載していますので誤字・脱字・旧字・旧仮名づかい等があります。ご了承下さい。

<ハ行>

ハート・オブ・ダークネス コッポラの黙示録
ハートブレイク・リッジ 勝利の戦場
パーフェクト サークル
始めか終わりか
パットン大戦車軍団
ハノーバー・ストリート 哀愁の街かど
パラダイス・アーミー
針の眼
遙かなる帰郷
遙かなる戦場
バルジ大作戦
パワープレイ
ハンバーガー・ヒル
ピエロの赤い鼻
ビスマルク号を撃沈せよ!
ヒトラーかく敗れたり
ひまわり
ヒンデンブルグ
ピンク・フロイド ザ・ウォール
ファイナル・カウントダウン
ファイヤーフォックス
フィラデルフィア・エクスペリメント
風雪の太陽
フォレスト・ガンプ 一期一会
深く静かに潜航せよ
武器よさらば
不滅の守備隊
プライベート・ライアン
プラトーン
ブラス・ターゲット
ブラックホーク・ダウン
ブリキの太鼓
ブルースが聞こえる
フルメタル・ジャケット
プレシディオの男たち
平和の谷
北京の55日
ベルリン陥落
ベルリン大攻防戦
ボージェスト
冒険者
ぼくの神さま
誇り高き戦場
北極の基地 潜航大作戦
ホット・ショット
ホット・ショット2
炎628

 

ピンク・フロイド/ザ・ウォール

1983年10月発行
発行所:松竹株式会社事業部
提供:CIC
定価400円
A4版24P

[解説]

 ロックはこの1983年に新しく生まれ変わった!熱く燃えて、ただそれだけで終っていた60年代から20年その歳月の流れの中て、伝説のピンク・フロイドは、いまもの凄い異次元のパワーをもって甦えった。音楽と映像の新しい革命の中で…。
 ロック界のスーパー・スターである青年ピンクは、その幼年時代から植えつけられた断絶感の中で、自己防衛のため、自らの感情に“壁”を築いていた。未だ見ぬ父親の戦死、母の溺愛、学校時代の虐待と抑圧、結婚と同時に生まれた自己への疎外感、そして果てしなく続く社会との断絶感から麻薬に溺れてゆくピンク。孤独と妄想と悪夢の世界にさまよいながら、やがて彼と彼の“壁”は悲劇的な運命を辿ってゆくのてある…。
 “破壊ロック”と形容される伝説的なスーパー・ロック・グループ“ピンク・フロイド”の超ベスト・セラー・アルバム“ザ・ウォール”をペースに、ひとりの青年がたどる青春の孤独と挫折の中に、現実と悪夢、苦しみの回想、狂気と恐怖などを、強烈でかつ壮大な音楽と幻想的な映像、更にアニメーションまでも駆使して完璧なる映像化として登場させたこれは真に最高の話題作である。
 主演はカメラマンから新聞記者、ミュージシャンと異色のキャリアを持つ元“ブームタウン・ラッツ”のリードボーカル、ボブ・ゲルドフが悩める青年ピンクを熱演する他、クリスティン・ハーグリーブス、ジェームス・ローレンソン、エリナー・デビッドら英演劇界の面々が脇を固めている。
 自己アルバムの映画化へ意欲的な挑戟をみせる“ピンク・フロイド”のメンバー、ロジャー・ウォータースが自らシナリオを担当し、これを「ミッドナイト・エクスプレス」「フェ−ム」と一作毎に話題を捲き起こしているイギリス映画界の鬼才アラン・パーカーが監督にあたり、かつてない斬新で画期的な映像化を実現させている。
 撮影は「パンデットQ」「ダウンタウン物語」のピーター・ビジゥー、プロタクション・デザイナーを「ヤンクス」「人類創世」のブライアン・モリス、本篇中でも話題のアニメーション監督には“タイム”誌などで著名なイラストレーターで、ピンク・フロイドの公演でも美術監督として手腕を発揮しているジェラルド・スカーフ、音楽総指揮にはロジャー自身とデビッド・ギルモアがあたり、ロジャー・ウォータース、デピッド・ギルモア、ニック・メイスン、リチャード・ライトのいわゆるピンク・フロイド自身らによる全27曲が全篇、張り裂けんばかりの迫力でサウンド・トラックを彩っている。
 製作はアラン・パーカーの片腕として「ダウンタウン物語」「ミッドナイト・エクスプレス」「フェ−ム」など意欲的な活動を続けているアラン・マーシャルである。
 撮影にあたってはロンドンのパインウッド・スタジオを中心に行なわれ、オブチカル技術などはランク・フィルム現像所で、またドルビー録音処理はパインウッド・スタジオでそれぞれ行なわれた。

[プロダクション・ノート]

★これはコンサート映画ではない!

★「これは単なるコンサート映画ではない」と、アラン・バーカー監督は企画の最初の段階で製作資金調達のためにハリウッドの資本家たちに鋭明してまわったが、誰にもなかなか種解してもらえなかった。従来、コンサート映画は儲からないものという先入観があったので誤解を招いたのだ。矢つぎばやにアカデミー賞級の作品を発表し、カンヌ映画祭でも毎年のように話題を集めている国際的な映画人アラン・パーカーの企画にはみんなが飛びつくのに、この作品だけは例外だった。それだけ説明かむづかしい型破りの画期的な映画だった。結局、「フェーム」「シュート・ザ・ムーン」で協力したMGMのデビッド・ベゲルマンだけが彼を信頼して出資の約束をした。アラン・パーカーは、フランスの巨匠アペル・ガンスが「ナポレオン」でやったように、カメラを時計の振子に据えて影撮したり、いろいろと独創的な試みをやっている「映画手法の点で、かつて試みたことのないことをやったとは思わないが、すくなくともこれまでにやった手法はすべて使った」と語る意欲作である。

★ピンク・フロイドと映画

★ピンク・フロイドの活動における音楽と映像の結びつきは、ずっと以前からのものであった。彼らは、照明、スライド、映画その他の特殊効果を実験的にとり入れた初めてのグループと言える。したがって、ピンク・フロイドのステージ・ショウほど大がかりなスペクタクルはなかった。さらに、「モア」(69)「砂丘」(70)など映画音楽も担当、彼らのライブ・ショウのコンサート映画も1972年の公開いらい稼ぎかしらとなっている。
 ピンク・フロイドが漫画家でイラストレーターのシェラルト・スカーフに、「君がここにいてくれたら」のライブ・ショウのためにアニメーションを依頼したのは1975年のことである,このときの読みは完全に成功したとは言えなかったが、やがて1980年2月7日、ロサンゼルス・スポーツ競技場における『ザ・ウォール」コンサートで画期的なステージとなってみごと花ひらく高さ9メートル、全長48メートルの巨大な壁がステージに建てられ、そこにジェラルト・スカーフの奔放なイメージにみちたアニメーションが映写され、まさに音楽と映像の濫氾に観衆は圧倒され熱狂したのだ。彼のアニメーションは、この映画でも欠かせぬ要素として随所に挿入され、観客を異次元の世界へ引きすり込む。
 ピンク・フロイドの「ザ・ウォール」コンサートは、ロサン・ゼルスのあと、ニューヨーク、ロンドン、ドルトムント(西ドイツ)でおこなわれ、20回の公虜で50万人の観衆を動員した〉なお、「ザ・ウォール」のダブル・アルバムは、1170万部という驚異的な売れ行きを記録している。

★R・ウォーターズの見事な脚本

★ピンク・フロイドのリーダー、ロジャー・ウォーターズは、この「ザ・ウォール」によって、異色の映画脚本家の誕生と騒がれている。彼はアルバムでもライブ・ショウでも大ヒットとなった「ザ・ウォール」映画化の話を映画会社に持ち込んだ。映画会社はピンク・フロイドの息の長い人気とアルバムの記録的ヒットのため大いに乗り気で、第1線のシナリオ・ライターたちに脚本を書かせてみた,ところがどうしたことかみんなありきたりの陳腐な脚本になってしまい、映画化はオクラになっていた。
 それとは別に、ピンク・フロイドの熱心な“ファン”だったアラン・パーカーは、「ザ・ウォール」のアルバムを聴いたとき電撃的なショックをおぼえた.じつにドラマチックだったからである。そのドラマ性に驚いたのだいまのイギリス映画に欠けているものが、ピンク・フロイドの音楽にはあったのだ。ちょうど彼は「フェーム」の撮影を終えてブロードウェイから戻ったばかりであった。そんなことをイギリス映画界の知り合いに話していると、ロジャー・ウォーターズを紹介された。アラン・バーカーには次作、「シュート・ザ・ムーン」が控えていたので、相談に乗るだけのつもりだったが、ロジャー・ウォーターズの話とデモ・テープをきいているうちに「ほかの脚本家なんか必要ない」という結論に達したのである。映画的表現はともあれ、もうドラマはロジャーの手によってできあがっていたからである。そこで、ふたりはステージ処理と映画的表現という相異点と激しく議論を闘かわしながらも脚本を練りあげた。その結果、相談に乗るだけ、と言っていたアラン・パーカーも、やはり自分の手で演出しなくては、というほど熱気のこもった野心的な脚本が完成したのである。
 どこがそんなに凄いのか.そのドラマ性は、映画を観るまえに「ザ・ウォール」のアルバムにじっと聴き入れば、それぞれ弧々に生きている人間には、すぐ心に沁みて理解できる。アラン・バーカーはそれをさらに華麗な映像で描きだしたのである。

★<フェーム>のA・パーカーと<炎のランナー>のD・プットナム

★「炎のランナー」でいまやイギリス映画界の新しいリーダーとなったデビッド・プットナムが、日本でも大ヒットした「小さな恋のメロディ」を製作して世界を驚かせたのは、若冠28歳のとき。彼の依頼で、その作品の脚本を書いたのが、25歳のアラン・バーカーだった。ふたりはおなじ広告代理店で宣伝の仕事にたずさわっていた親友同士で、その後も「ダウンタウン物語」「ミッドナイト・エクスプレス」と協力して、意欲にみちた秀作を連発、そのいずれもがアカデミー賞をはじめかずかずの国際的な賞を受けるというエネルギッシュな活躍ぶりを示し、l作ごとに世界の注目を集める存在となっている。
 デビット・プットナムが新人発掘の理念に燃えて「炎のランナー」を製作すれば、一方で、アラン・パーカーが「シュ−卜・ザ・ムーン」、さらに「ザ・ウォール」と、大胆な構想で映像表現の壁に挑み、このふたりのヤングパワーの台頭には世界各国から憎しみない拍手が送られている。